2024年、ワイキキではちょっとした寿司屋の出店ラッシュがあった。
日本からの資本も入り、「本格」を掲げた店が次々とオープンしたが、その中でも、個人的にダントツで首をかしげたのが「天ぷらいちか」だ。
正直に言ってしまうと、この店にわざわざ足を運ぶ価値はない。
少し辛口になるが、どこかピントのずれた店という印象を受けた。
まず、コンセプトがわからない。
ここは天ぷら屋なのか、寿司屋なのか。
天ぷら屋を名乗りながら、いまだに「ここでしか食べられない新メニューです」と、ヤシの芽の天ぷらを寿司客にありがたそうに出してくる。
正直、時代遅れ感は否めない。
高級な寿司カウンターには、どこか修行の匂いがしない寿司の板前が、この道○十年と上から目線で寿司を握っている。
その表情には「食わせてやってるんだぞ」という妙な圧がある。
江戸っ子に愛された三大料理といえば、
「天ぷら」「寿司」「うなぎ」。
だが、この三つは同じ場所で出さないのが鉄則だ。理由はシンプル、「におい」である。
この店の天ぷらは、悪くない。
むしろ、揚げの技術を見れば、期待を持たせるものがある。
だからこそ、狭い店内に無理やり寿司カウンターを押し込んだ判断には、首をかしげざるを得ない。
ここのオーナーは、天ぷら職人のプライドを傷つける。
そのうえ寿司のレベルが中途半端ではどうしようもない。
両方を同時に出すことで、結果的にどちらも台無しにしている。
お寿司は辛口だけど全てにおいて一つ星。
ネタは悪くないが技術が追いついてない。
象徴的だったのが、大トロの炙りだ。
炭火にでジュッと焼きつけ、「ほら、すごいでしょ」とばかりに外国人客の前で披露する。
客は「オー」と言いながらスマホを構え、動画を撮っている。
だが、炭を使っての本来の炙りは、
炭の上に落ちた脂が煙となり、その香りがネタに戻ってくる。
その一瞬の香りこそが醍醐味だ。
板前の未熟な知識で炭火に直接マグロを押しつけている。
これでは、ただの焼きマグロだ。
極めつけは穴子。
味以前の問題で、下処理の基本ができていないと感じた。
湯をかけ、ぬめりを包丁の背で2度程しごきヌメりを落とす。
この絶妙な一手間で、穴子は別物になる。
「たわしでぬめりをゴシゴシ落とせ」
と、板前が学生アルバイトに叫んでいる声が店内にひびく。
この店の穴子の食感はふんわりとした柔らかさがなく、重たく感じられ、
口の中に当たるのが骨なのか、別の何かなのか・・・。
とても残念な代物だった。
エビにおいては、正直回転寿司レベルだった。
これで一人300ドル(飲み物や税サ込みで)となれば、さすがに首をかしげる。
さらに、薄暗い店内に立つ女性マネージャーらしき人は、笑顔ゼロ。ホスピタリティのかけらもない。もう少し表情に明るさがあると良いのだが。
ただ、救いがあるとすれば、
天ぷらを揚げるタイミングを耳で見ている、
板前の技術は高さと、
カウンターでの接客に板前の人柄の良さだろう。
だからこそ思う。
どうせなら、余計なものを全部削ぎ落として、
寿司も演出も捨てて、天ぷら一本で勝負してみてはどうだろう。
天ぷらだけに集中したその日、
この店は、いまよりずっとまともな評価を受ける気がする。
そして私も、そのときはもう一度、黙って暖簾をくぐるつもりだ。


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